金利上昇局面で再評価されるヘルスケア不動産投資


■ヘルスケア不動産投資は「取得」から「運用・価値向上」の時代へ

2014年のヘルスケアREIT上場から10年以上が経過し、2026年3月末時点におけるJ-REITのヘルスケア施設累計取得額は約3,729億円、取得物件数は209物件となった。また、組入施設を運営するオペレーターも介護事業会社36社に広がり、ヘルスケア不動産はホテル、物流施設に続くアセットタイプとして一定の投資評価基準が確立されつつある。
さらに、不動産投資におけるESGの観点では、超高齢社会を支える社会インフラとしてSocial(社会)の側面を代表する投資対象と位置付けられ、J-REITだけでなく私募REITや私募ファンドによる投資も拡大してきた。

一方で、昨今の金利上昇局面では、長期固定賃料を前提としてきたヘルスケア不動産投資について、従来とは異なる投資判断やリスク評価が求められる環境へ変化している。
長く低金利環境が続いた日本の不動産投資市場において、金利上昇はキャップレート上昇と不動産価格下落リスクとして意識されている。特に長期固定賃料を前提とするヘルスケア不動産については、「インフレ局面において収益成長余地が限定的ではないか」という懸念もある。
しかし、ヘルスケア不動産の本質的価値は固定賃料そのものではなく、20年、30年という長期にわたりキャッシュフローを生み出す施設運営力と、オペレーターの賃料負担力にある。



■老人ホームにおける月額利用料の見直し

物価高騰や人件費の上昇により、2022年頃から多くの有料老人ホームで月額利用料の改定が行われている。
2024年4月に株式会社タムラプランニング&オペレーティングが全国23,000件の老人ホームを調査したところ、2020年~2024年の月額利用料の平均上昇幅は介護付き有料老人ホームでは13,000円、サービス付き高齢者向け住宅では10,000円の上昇となっている。
長谷工シニアウェルデザインでは、主要施設で23年4月以降入居する人に対して平均16,000円値上げし、ベネッセスタイルは、既存の入居者に対して管理費を11,000円、2026年6月1日以降の新たな利用契約では管理費を26,000円値上げした。
株式会社TRデータテクノロジーが2025年10月に行った老人ホーム等の434社値上げ分析では、過去3年間に値上げを行った介護会社は全体の6割256社、行わなかった介護会社は4割178社の結果となった。

■固定賃料はインフレ局面で本当に弱点なのかどうか

厚生労働省の有料老人ホーム設置運営標準指導指針では、入居者との有料老人ホーム利用契約の利用料改定について、「利用料等の改定のルールを入居契約書又は管理規程上明らかにしておくとともに、利用料の改定に当たっては、その根拠を入居者に明確にすること。」とあり、老人ホームが借家でありオペレーターと施設建物の貸主とのマスターリース契約については、契約期間を20年以上と定め、マスターリース賃料改定については、「賃料改定の方法が長期にわたり定まっていること」としている。

その上で、公益社団法人全国有料老人ホーム協会が作成した有料老人ホーム標準入居契約書(6訂版)では、利用料の改定について、「第 26 条 設置者は、月払いの利用料を改定することができます。その場合には、次の措置を講じます。」として、以下の2点を条件として利用料改定のルールを定めている。
1.改定する利用料の収支状況等や目的施設が所在する地域の自治体が発表する消費者物価指数、人件費等を勘案した改定理由について、運営懇談会の意見を聴く 
2. 改定に当たっては、入居者及び身元引受人へ事前に通知する

また、J-REITで使われている一般的な証券化前提の有料老人ホームのマスターリース契約書では、「契約開始後5年経過後は、3年ごとに甲及び乙は、両社協議の上、書面による合意により改定することができる。かかる協議の際には、甲及び乙は、土地又は建物に対する公租公課、マーケットにおける賃料水準の変動、消費者物価指数の増減率、経済情勢の変動等並びに市場調査の結果等を参考にするよう努めるものとする。」といった賃料改定条項が記載されている。
ヘルスケア不動産のマスターリース契約の条項では、契約後の数年間はマスターリース賃料が据え置きとなっているが、一定期間ごとに賃料改定の見直しが可能であり、有料老人ホーム設置運営標準指導指針の「賃料改定の方法が長期にわたり定まっていること」は、賃料変更禁止ではなく、入居者保護の観点から予測可能性のある賃料ルールを求めている趣旨なので、固定賃料一辺倒ではなく、一定条件下で賃料改定余地を持つ契約設計も可能となっている。

固定賃料によるディフェンシブ性も必要だが、長期一括賃貸になるので、入居者保護のため長期間施設運営が継続できる賃料体系であることと、オペレーターにマスターリース賃料を20年間払い続けられる施設収益力があるかといった、オペレーターの賃料負担力を正確に査定して、施設収益に対する適正な賃料カバレッジが確保されているかどうかの方が投資適格判断の要となる。

ヘルスケア関連アセットは、足元のインフレ市況ではアップサイドが生じにくいため取引件数が減少しているが、実際に行われている契約条件では、オペレーターと利用者の間の有料老人ホーム利用契約書においても、オペレーターと投資家とのマスターリース契約書においても、賃料改定要件にCPI増減率も含まれているケースが多い。

欧米のヘルスケア投資との最大の決定的な違いは、日本国内の賃貸借契約において、物価上昇を自動的に賃料に反映させる「CPI連動条項」が記載されていても機能していない点が挙げられるが、有料老人ホームの月額利用料(賃料相当額+管理費+食費)の値上げは、厚生労働省の有料老人ホーム設置指導指針に準拠して運営懇談会を経て入居者と家族の同意のもとに行われている現状がある。
また、最近取引された東京23区内の老人ホーム新規開発案件では、マスターリース契約で、賃料改定時のCPI連動条項が記載されている。

金利上昇局面で出口キャップレートの想定が読みにくい状況の中で、キャピタルゲインが不安定になる中で、長期賃貸借契約、景気変動に左右されにくい需要、高齢化による利用者増加を持つヘルスケア不動産のような安定したインカム型不動産は金利上昇局面でも投資ポテンシャルを持っていると思われる
。ヘルスケア不動産投資において評価すべきポイントは、賃料が固定か変動かではなく、その固定賃料を長期的に維持できる事業収益力が存在するかである。

一方で、すべてのヘルスケア不動産が安定資産になるわけではない。開設時の過大な事業計画に基づいた高額賃料設定、地域需要を超えた供給、採用困難エリアにおける人件費上昇リスクを抱える施設では、固定賃料そのものがオペレーター経営を圧迫する要因にもなり得る。今後は「老人ホームだから安定している」のではなく、「継続可能な老人ホームを選別する」投資判断が求められる。


■インフレ時代におけるヘルスケア不動産投資の新たな成長戦略

① ヘルスケア不動産の希少性とキャップレートの動向

老人ホームの新規施設の場合、地主の土地有効活用による建て貸しが主な供給元で相続税対策が目的で売却意向がなく、老人ホーム不動産は多く建築されても投資物件としてマーケットに供給されてこないのが現状である。そのため、売り物件としてマーケットに出てきた場合に希少性が高くなる傾向があり、金利上昇によりイールドギャップが低下しても一定のキャップレート水準が保たれると思われる。

② オペレーターの建替えニーズに応えた開発案件への投資が必要

エグジットストーリーを描いた場合に、金利上昇局面では出口キャップレートの想定が難しい。
2000年の介護保険制定から20年が経過し、介護オペレーターが事業歴を重ねていくのと同時に、築年数が20年を超える施設も多く存在し、開設当初の賃貸借契約期間が終了し、建て替えによる移転新築の動きが始まっている。マーケットで供給されるヘルスケア不動産を待つよりも、開発投資でオペレーターとの間で賃料負担力を確認し適正な賃料利回りを設定して新規施設を建築することで、出口戦略まで一貫して投資管理していくことが可能になる。

③ 高い社会的需要に基づくヘルスケア不動産供給継続性

本年3月に策定された国土交通省の「住生活基本計画(全国計画)」によれば、「人生100 年時代を見据え、高齢者が孤立せず、希望する住生活を実現できる環境整備」として、サービス付き高齢者向け住宅、有料老人ホーム等の高齢期の暮らしを支える住宅を、現状108万戸から2035年には150万戸まで整備することが示されている。短期的な高成長を期待する市場ではないものの、高齢化による安定需要、制度による継続性、地域生活インフラとしての必要性を背景に、賃貸住宅とは異なる規模化・成長余地を有している。

④ オペレーショナルアセットの強みと投資ポテンシャル

円安や金利上昇を背景に、建築資材や人件費の高騰が続き、建築コストが不動産投資収支を圧迫している。収益性を維持した投資を継続していくためには、オペレーションで収益モデルを補強する不動産戦略が必要となっている。賃貸住宅と老人ホームを同じ立地、グレードで建築した場合、オペレーショナルアセットはオペレーションによる運営プロセスの効率化により賃料負担力を高め、不動産キャッシュフロー以外のキャッシュも生み出すため、老人ホームの方がキャッシュフロー生成能力は高くなる。
伝統的なアセットである賃貸住宅から派生したオペレーショナルアセットである老人ホーム(高齢者向け住宅)は、アメリカやヨーロッパでは、不動産サブセクターとしてデータセンターにつぐ投資ポテンシャルとして有望視されている。日本ではまだオルタナティブだが、欧米では既に主要セクターとなっている。


■金利上昇時代に求められるヘルスケア不動産の選別基準

長期固定賃料を前提とするヘルスケア不動産は、低金利環境下では長期間安定したキャッシュフローを生み出すディフェンシブアセットとして評価されてきた。一方で、金利上昇やインフレが進む環境下では、「固定賃料であること」そのものよりも、その賃料水準が長期的に維持可能であるかという視点が重要になる。

ヘルスケア不動産投資において本来評価すべきものは、建物から生じる賃料収入だけではなく、その背後にある介護事業収益の継続性である。一般的な不動産投資では、周辺賃料や市場利回りが投資判断の中心となるが、老人ホームでは入居率、月額利用料水準、人件費率、地域需要、介護人材の確保力など、オペレーターの事業運営力が最終的な賃料負担力を決定する。

つまり、投資家が見るべきポイントは「固定賃料だから安全」という判断ではなく、「オペレーターがその固定賃料を20年、30年支払い続けられる施設収益力を有しているか」という点である。
特に過去の低金利環境下では、取得利回りを確保するために高いマスターリース賃料を設定した案件も存在している。しかし、インフレによる人件費・食材費・水道光熱費の上昇局面では、過度な賃料負担はオペレーター収益を圧迫し、結果として長期安定運営を阻害するリスクとなる。
今後のヘルスケア不動産投資では、表面的なNOI利回りだけではなく、施設収益に対する賃料負担割合(賃料カバレッジ)、地域内での価格競争力、利用料改定余地、将来的な修繕負担を総合的に分析することが不可欠となる。


■オペレーターと投資サイドのこれからの不動産戦略

物価高騰による月額利用料の見直しに加え、介護人材の不足から採用コストが増大しオペレーションのコスト見直しだけでは限界があるため、施設不動産の所有コスト、賃貸コストを見直し、施設維持に関わる費用や、老朽化施設については、大規模修繕または建替えも含めた不動産コストの見直しが必要となる。今後の新規施設の開設方法の多様化なくしては、近代的な介護事業運営は困難になってくる。
J-REITや不動産ファンドには、施設不動産の供給を資本市場から支える役割が期待されている。個人地主による土地活用型の供給モデルだけでは対応が難しい施設更新や長期的な維持管理に対して、不動産投資の専門性を活かしたマネジメントを行うことで、介護インフラとしてのヘルスケア不動産を長期的かつ安定的に維持していくことが可能になる。

高齢化という不可逆的な社会構造変化を背景に、ヘルスケア不動産は単なる社会インフラではなく、長期安定キャッシュフローを生み出す次世代型インカムアセットとして、金利上昇局面において改めて評価される可能性がある。

2026年09月09日